ファイナンシャルプランナー 東大阪 独立系FP事務所 篠原FP事務所 保険の見直し 資産運用 お笑いマネー講座

◆2008/8/17   「オリンピック面白雑学」           メールマガジン目次にもどる

◆◇----------------------------------------篠原FP事務所----------◇◆


    元芸人FPが「笑いとお金」をテーマにお届けします!



『お笑いマネー講座』    6 笑目 (2008年  8月 17日)

◇      
◆◇----------------------- http://fp-shino.com/ ---------------◇◆




どうもー


「キング」と「モモコ」をお山に帰しました、


ファイナンシャルプランナー篠原です。




続きは編集後記で。





今週号はお盆最終日ということでマネー講座は休憩して

本屋さんで「オリンピック面白雑学」という本見つけ

ましたので、そこから抜粋してご紹介したいと思います。


これでオリンピックが10倍楽しくなる!!




┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏


いつもご愛読ありがとうございます。


今週号からお読み頂いた方々、
ご登録頂きましてありがとうございます!



このメルマガは「笑いとお金」をテーマに

元漫才師で現役ファイナンシャルプランナー(CFP・1級FP技能士)が

毎週お届けしています。


篠原FP事務所


 代表  篠原 充彦 <プロフィール>はコチラ

→ http://fp-shino.com/pages/plofiel.html


┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏


     ☆  ★今週の目次★  ☆
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
1、オリンピック面白雑学

2、編集後記




-----------------------------------------------------------
 【オリンピック面白雑学】
-----------------------------------------------------------


「オリンピック面白雑学」  満薗文弘 著



《古代オリンピックの競技の格好は?》


紀元前776年にオリンピックが始まったと言われています。


当時、もちろん揃いのユニホームなんて無かった時代。


急所を隠し、保護する目的で下帯、つまり「ふんどし」のみ
を着用していたらしいが、一人の選手が競争中にふんどしが
ほどけ踏んづけたかして、転倒、悲劇を演じた。(死亡説もある)


どうしたかというと、





それ以降、素っ裸で行われました。


全裸で走ってみたらそのほうが身軽で良かったということで
選手もコーチも全裸で競技が行われたと言われています。
        ▼
        ▼   
(まあまあ選手はしょうがないけど、コーチの全裸、関係ないやん!)






《史上初のマラソン優勝者はワインとビールを飲んで走った》


1896年第一回アテネマラソン優勝者は、ギリシャ人選手の
スイリドン・ルイス、25歳。


次々と他の選手がリタイアする中、彼はギリシャ人がこの最終日まで
一人の優勝者も出てないことのプレッシャーと戦いながら走っていた。


そして彼自身、仕事が羊飼いで優勝のご褒美が「馬」だったので手に
入れたい一心でトップでゴールインしたといいます。


彼はレース中にプレッシャーからか、ワインでのどを潤し、ビールで水分を
補給し、卵とオレンジでスタミナを補ったという。
        ▼
        ▼
(今みたいにドーピング違反など存在すらしなかった時代でしょうね。)






《なぜ、オリンピックを五輪としたのか?》


オリンピックの日本語訳は「五輪」である。
誰が最初に言い出したのかー。


ずばり読売新聞運動記者だった故、川本信正氏である。


「オリンピックでは長過ぎる。短く表現できないものだろうか」
と相談を持ちかけられて、川本氏は考えた。


剣豪、宮本武蔵の「五輪書」が浮かび、5つの輪でなるオリンピック旗と
結んだ。


5つの大陸から意味する5つの輪と、勝負に通ずる武蔵の極意の見事な緩和。
それもたったの2文字である。
        ▼
        ▼
(宮本武蔵の「五輪書」は現代ビジネスに置き換えても
 参考になる部分が多いらしいです。)






《消えた日本人 現れたのは55年後》


日本人選手として初めてオリンピックのマラソンに参加した金栗選手。
序盤こそ先頭グループにいたが、途中で熱射病のためリタイアしてしまう。


失神状態の金栗選手は、見かねた近くの農家に救助されて、その家で一晩の
介抱を受けた。


困ったのは競技本部、いつまで経ってもゴールせず、行方も分からない金栗を
めぐって首をひねるところとなった。


まさに、「消えた日本人」として、時の人になったのである。


それから55年。ストックホルムは粋な計らいで、「消えた日本人」金栗を、
メーンスタジアムにゴールさせるべく招待したのだった。


「日本の金栗選手が今ゴールしました。記録は55年。どうですか、感想は?」




「長い道中でした。途中で孫が5人もできました」
        ▼
        ▼
(いやー洒落た一言ですなー)




-----------------------------------------------------------
 【編集後記】
-----------------------------------------------------------

京都の秘境地にバーベキュー行ってきました。

大自然の環境の中、家で飼ってるカブトムシ「キング」と「モモコ」を

放してあげることにしました。オスとオスですけど・・・。

木に置いてあげると元気よくうれしそうに登っていきました。



名付け親の娘は


「元気でねー、絶対死なないでねー」


と目に涙を浮かべ手を振っていました。



短かったけど、キングとモモコありがとう。



最後までお読みいただきありがとうございます。